岡崎茨坪(ばらつぼ)伝道所
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9月の報告と10・11月の予定など
    10月2日の「人間・社会・歴史を考える集い」は盛会でした!
  犬養憲子さんの一人芝居は見事でした。驚くほど美しい沖縄の伝統衣装を着て、沖縄の音楽をバックにゆったりと踊るすがたに目を見張りました。沖縄の踊りは手の動作が美しいのですね。また、ナレーションが良いのです。ボクらの知らない沖縄の言葉の意味を面白おかしく説明してくれました。
 島しづ子さんのお話は、辺野古や高江の現地の闘争をしている方々の生き方などを紹介し、現地の闘争の人間性あふれる人々の姿が感動的でした。DVDの内容も含めて、沖縄の歴史、辺野古への基地建設はすでに1966年にアメリカが計画していた軍港の建設計画そのものだったことを明らかにされました。これには驚かされました。そして、基地による具体的な被害状況を話され、最後にレイプ死体遺棄事件の抗議集会で話された女性の言葉を紹介されました。感動的な内容でした。「こんな事件が起こるのは、本土に人たちの責任でもある」という締めくくりでした。
 会場の岡崎教会は、新装なったばかりの美しい会堂で、このような集会を持つことができたことを心から感謝したいと思います。
 家にカメラを用意していたにも関わらす、うっかりとそのカバンを持って出るのを忘れてしまい、集会の様子を映像でお見せすることができなかったことをお詫びします。

茨坪周辺の植物たち
  茨坪の庭に、下の写真のタマスダレの花が咲きました。何と清楚で美しい花でしょうか。 

タマスダレが美しい

  茨坪集会所の前の大通りの法面に、下の写真のようにヒガンバナが見事に咲きました。赤いヒガンバナと白いヒガンバナの競演です。

茨坪の道のヒガンバナ

  ヒガンバナは美しいです。毒々しいくらいの赤い色が、気味悪く感じることもありますね。



ヒガンバナが美しいです

10月と11月の茨坪での集会予定

10月9日 分かち合い礼拝 担当 MTさん

  16日 島耕一牧師のメッセージ礼拝

     23日 堀伝集会に合流(集会案内参照)
  茨坪での集会はありません。
堀川伝道所の集会には、茨坪も協賛団体となっています。 
  毎回、内容的に大変刺激のある集会で、今回も良い講師をお迎えしての集会です   
  ので、そうなるでしょう。多くの参加を呼びかけます。
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名古屋堀川伝道所の 秋の伝道講演会
10月23日(日)13:30~15:30名古屋YWCA   2Fビッグスペースにて
 「かき消された声を取り戻す~キリスト教の再構築に向けて~」
講師:新 免貢さん(宮城学院女子大教授)
午前中は同じ場所で11:00から礼拝。入場無料
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   10月 30日 DVD「9条を抱きしめて」を観る 

11月6日 島耕一牧師のメッセージ礼拝

  13日 分かち合い礼拝 担当 YTさん   



     20日 召天者記念礼拝 佐藤牧師メッセージ 

        27日 聖書研究 いずれも司会など未定


講壇交換で、世真留教会の臼田宣弘牧師のメッセージ
            ここをクリック
 
わたしたちの伝道所は、日本キリスト教団の愛知東地区に所属しています。愛知東地区では、毎年9月を「講壇交換」の日と位置づけ、教会の相互交流を目指して各教会の牧師を交換してメッセージを語ります。9月19日は東海市にある世真留教会の臼田牧師が来られて礼拝メッセージを語っていただきました。代わりに茨坪の佐藤直樹牧師は世真留教会でメッセージの奉仕をしていただきました。

 臼田牧師のお話は、イエスの有名な「右の頬を打たれたら、左の頬をだしなさい」という言葉の意味を分かりやすく嚙み砕いてのメッセージでした。興味深いメッセージでしたので、茨坪のホームページの載せました。ご一読ください。

臼田牧師のメッセージはこちらから


茨坪の週報コラムより
   10月2日
              書棚からの旅
                            佐藤直樹
 「牧師さんは全国に転勤があるので荷物が少ないのですか」と尋ねられたことがあるが全くの逆で、ものすごく多い。本の段ボールだけで相当な数になり、業者さんに驚かれる。引越しの時に苦しみながら整理をすると一時的には減るが、落ち着くとまた増えてくるものだ。
 インターネットでの検索も本が増える原因となる。買いたい本を検索すると、「あなたへのおすすめ」と称して同じページ上に興味のありそうな本が自動で幾つか挙げられる。つい一緒にと注文する。だが届くと一気には読めずまず「積ん読」になってしまう。この繰り返しだ。
 本が捨てられないのは、言葉との出会いに心が動かされ、そのことを捨ててしまうと思うからだろうか。新たな本を買ってしまうのは言葉を通しての新たな体験を求めているからではないか。「積ん読」になっている本はいつでも未知なる世界へと飛び込んでいきたいという期待の表れ、その旅装なのではないか。深まる秋のこの時、書棚からの旅に改めて出かけてみたい。

  9月25日

            わたしの散歩道 8
                               NA

 60歳以上で毎日ラジオ体操をしている人は7パーセントいるそうです。夏休みに毎朝通ってスタンプをもらった記憶もあるでしょう。
 ラジオ体操は昭和3年1928年、昭和天皇の即位の礼の行事の一貫として日本放送協会と逓信省が共同で作ったものだそうだ。そこに三つの目的があるといいます。①身体の近代化 ②身体の国民化 ③時間の近代化 だそうです。
 ①江戸時代は行進とか集団行動とかはやられてこなかった。こういう国民に号令で動く身体を作っていくこと。②号令で動くことを通して命令通りに動く身体を作ること。③朝一緒のラジオ体操をすることを通して、さあ今から仕事だぞと、時間で動けるようにすること。
 どれをとっても、自由のない、追いかけられる生活を強いられる、怖い日本の国になりそうです。考えることをせず、言われるとおりに動き、時間どおりに行動する日本人。
 自民党草案が示す国や国民の姿はこんなものなのかもしれません。
 でも私は、ラジオ体操は大変よくできていると思います。音楽とあの一連の動きはとてもスムーズで、みんなでやるにはいいのかなと思います。
 ちなみに私は毎晩寝る前にやっています。

  9月18日
              『人生の宿題』
                                              SY(小学5年生)

まず、人生の宿題とは何なのだろうか。
家族を作ってそれを幸せにすることだろうか。
自分が楽しく生きることなのだろうか。
もしくは、地球にこうけんして歴史に名を残すことなのだろうか。
だが、それは何もなく気付いたらできるというものではない。
何ごとも努力しないといけない。
何もしなければ、何でもできるなら、この世界はぐうたらな世界になるだろう。
たんじゅんに「宿題」というものは、先生やだれかが出したものを家でやってくる物だ。
また、違う言いかたにすると「人生の目標」といってもいいかもしれない。
では、目標は人に決めてもらってもいいのか。
それでがんばれるのか。
では、人生の宿題をまだ出せなくても生きている内にきっかけがあるかもしれない。
もし決められたら、絶対にかえないで、それに向かって人生という道を歩んでみるのもいいかもしれない。

  小学校5年生の作文とは思えないような、内容のある文章です。ご両親に尋ねたところ、「別に先生に勧められたのでもなく、書きたくなって作文の原稿用紙をもらった書いたのだよ」と言っていたそうです。

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